短編集
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怪獣を飼っている妻たちへ part1
みみはなこは今日も元気です
アゴから、地面へダイビングした日曜から明けて2日。アゴのたんこぶは青黒くなり、ロボットムービングな左手は、やや↑傾向か・・・・
それでも雨の中こられる患者さんがお待ちですから。
さてさて、
今日から「怪獣を飼っている妻たちへ」
主人公松村国雄氏(仮名)の涙と笑いの物語がはじまります。

松村国雄氏(仮名)はA4に印刷された一枚のカラフルなHPを眺めながらため息をつきました。
今日仕事に出かけている間にポストに投げ込まれたのです。妻と子供たちを広島に残して大阪に単身赴任の松村氏は、中堅のベアリング会社に勤務しています。

この日は6月の蒸し暑い日でした。帰宅途中に自販機で買った350mlのスーパードライを片手にポストを開けました。家族は用があれば携帯に電話してくるし、新聞をとっていないので、ポストに投げこまれているのはピザの宅配のチラシか電気の使用料金表ぐらいのものとわかってはいるのですが、帰宅するとまずポストを確認してしまうのです。
いつものようにどこかの宣伝のチラシか・・いや封をしていない茶封筒があります。封筒の中の一枚のA4コピー用紙。
広げるとピンクのゾウが目に入りました。そして「いびきは病気です」の文字。

つづく
怪獣を飼っている妻たちへ part2
みみはなこは今日も元気です
雨が上がって青空がのぞいています。いつもは通勤快読のあたしですが、3日前にゲットしたiPhoneで、ブログを書きはじめ、操作に悪戦苦闘中です。だから今読んでいる帚木蓬生の、「ヒトラーの防具」も中断。
さて、ポストにピンクのゾウのチラシを見つけた松村氏はいかに?

松村氏はあっと声をあげました。

一昨日大家から、いや正確にはこのハイツを管理している不動産屋から言われたのでした。「隣の方からおたくのいびきがうるさくって眠れないって苦情がきてるのよ。なんとかならない?」

なんとかっていわれてもこっちが眠ってる間のことです。知ったことかよっ!壁が薄いのがわるいんだ!と、心では思っても、松村氏は小心者なのです。

「はあ。すみません」と応えて頭を下げていました。

 その隣人が親切にも、いびきの専門外来を設けている医院をネットで探し、HPをプリントアウトして、ご丁寧に茶封筒に入れ、ポストに投げ込んだのです。

むこうはどこかで松村を見ているのかも知れないが、こちらは顔も知らない。しかし、苦情をいった隣人も苦渋の策にでたのだろう、と思うと、小心者の松村氏は、わが身から吐き出される騒音を何とかできるものならば何とかしなければと、

むこうはどこかで松村を見ているのかも知れないが、こちらは顔も知らない。しかし、苦情をいった隣人も苦渋の策にでたのだろう、と思うと、小心者の松村氏は、わが身から吐き出される騒音を何とかできるものならば何とかしなければと、思うのでした。

つづく
怪獣を飼っている妻たちへ part3
みみはなこは今日も元気です

今朝も通勤電車iPhoneよりこのブログをお送りします。
デヴィッド・ボウイのZiggyとともに
松村氏がもうすぐみみはなこの診察室のドアをあけます・・・

みみはなこは6月の土曜日、優雅に診療をとり行っていました。3月4月5月はスギ、ヒノキの花粉症患者さんに追われ日々カルテをめくるのに必死でした。そのせいか6月は比較的ゆったりとした時間配分で診療ができます。それでも土曜日は平日に時間が取れないサラリーマンや学童たちで患者さんが途切れることはありません。

スタッフのさっちゃんが「先生、次の方いびきですよ。」と、声をかけ、電子スコープにスイッチを入れました。簡易ポリグラフィーの予約状況を確認しています。

「松村さーん。お入りください」

問診表によると、身長165cm体重78㎏、既往歴なし。しかし、会社の検診では血圧がやや高いと言われたらしいのです。「いびき」を大きく丸で囲んでいます。「無呼吸(睡眠中に息が止まる)」にも丸印。
「松村さん、こんにちは、いびきやかましいっておうちで言われるんですか?」

みみはなこはたずねました。

つづく
怪獣を飼っている妻たちへ part4
みみはなこは今日も元気です
親友のようこさんとの昨夜の会話から。
ちょっとふーーーんってお話。
ようこさんのお母さまは今年春に突然お亡くなりになったのですが、
戒名付けてもらうのに、公益社に30万はらったんですって!でも、後で檀家になったお寺さんに聞いた話では
お寺が受け取ったのは15万。こんなだったら、お父様の戒名は先に付けといてもらおと思って、15万で付けてもらったって。生前から戒名付けてもらうのは聞いたことあるけど、こんなお金のやり取りの話、あたし、ふーーーんって思いました。
昨日はシンフォニーホールに出かけたのですが、音楽にど素人のあたしは、ショパンとシヨスタコービッチを聴いたことはわかっているの。でも、いちばんすばらしかったのがなにか、いま手元にプログラムがないので、伝えられない!次回にします。

さて、松村氏はいよいよイビキの検査を受けることになります。

「いやあ、ぼく単身赴任なんです。家にいるときは嫁さんに別に何にも言われなかったんだけど今住んでるハイツのポストにコレが・・・」(おお!うちのHP!うちなげこみなんてやってないですよ。)
「でね、嫁さんに電話して聞いてみたの。やっぱり怪獣みたいないびきだって。単身長いし、たまに帰ってくるだけだから、飼ってる怪獣がたまに帰ってくるだけだからがまんしてたって。やさしいでしょ。うちの嫁さん」(え?亭主を怪獣呼ばわりしてるんだよお。ま、いいか)
声帯や気管、下咽頭に腫瘍やポリープなどの異常はありません。舌根部は大きく喉頭蓋を圧迫していました。ポリグラフィーでも、無呼吸指数56最低酸素飽和度62パーセントと重症の無呼吸を示しました。
「松村さん睡眠時無呼吸の治療は一般には4つあります。ダイエット、手術、CPAPという呼吸器、そして歯の装具」
みみはなこは、けっして早口にならないように、しかしなめらかに読み上げるような口調で言いました。
やはり松村も多聞にもれず聞き返しました。「はあ?」

つづく
怪獣を飼っている妻たちへ part5
みみはなこは今日もげんきです
昨日の大阪フィル、クリストフ・アーバンスキー指揮の演奏会の一番目、わかりました!

キラルのオラワです。なんでも映画「戦場のピアニスト」の作曲家がキラルだそう。
オラワは、オーケストラのバイオリンの動きが美しい。文字通り弓の動きが揃ってるのです。
こんなこといってるあたしはやはり視覚の人間です。
松村氏は、みみはなこの説明に目を白黒!!
聞いたこともないことばを、一瞬で並べられてあたふたです。

「松村さん、20歳のころよりどれぐらい体重ふえました?え?20キロ!まずダイエット、これは立派な治療になるんです。手術はね、松村さんのノドの形では、効果は少ないと思います。」
「手術しなくていいんですね。ああよかった。」
「そして、あなたは今晩から隣の住人に迷惑かけないようにしなくちゃいけない。そのためにはCPAPです。歯の装具これはマウスピースですけど、松村さんの顎の形では、顎がいたい上に効果もありません」
[CPAPってなんですかあ?」

素直な松村はさっそくCPAPを試してみることにしました。
そして1週間後、小心者の松村はおそるおそる不動産屋を訪ねました。隣人の評価を知るために。

つづく
怪獣を飼っている妻たちへ 最終章
みみはなこは今日も元気です
連休は専門医講習会っていうのがありまして、仙台でした。
土曜日の仕事が終わってすぐに飛行機に乗りました。仙台は10年ぶり。
空港を降りてバスを探しますと・・・どこにも乗り場がない!!
案内のおねえさんに尋ねると、バスなんかもうない!そうで、仙台駅までの電車が開通しているのでした。

10年だもんね。

帰りにちょっと思いついて、10年前にぶらりと立ち寄った画廊に寄ってみました。
ここは変わらずありました。
おなじおじさん(失礼)二人が商売していました。

どこの画廊かって・・・秘密。

というのは、またまた、衝動買いしてしまったもんで・・・・だってその額縁の中の少女が連れて帰ってというんだもん。
いま、みみはなこの待合と診療室にかさってあるものも、10年前ここで買ったのでした。
おじさんたちがちゃんと覚えていてくれたので感動しちゃったというのもあり、いらぬ出費・・・・・・かも・・
でもね、ちゃんと覚えてることって売るほうにも買うほうにもとっても大事ですよね。
あたしたちも同じです。

さてさて、松村氏のいびきは?
ちょっとさぼったので、いきなり、クライマックスです。

CPAP使用開始1週間後に松村氏はみみはなこのところにやってきました。
「松村さん、どうでしたか?」
「ばっちりですよ!おとなりさん、いびき聞こえないって!」
「よかったあ。いびきがないということは、息も止まってないってことなんですよ」
「先生、この器械なんか頭すっきりするものはいってるの?」
「そんなもん、入ってませんよ。説明したとおりね、ただ息をしてもらうために空気の圧をかけてるだけですよ」

「へええ、そうなんだ。ぼくなんだかさわやかおじさんになっちゃった。だって、朝は爽快だし昼間も居眠りしないし。ぼく営業でしょ。外回りで車運転すると、やばいときあったんだよね。それが、すっきり!先週家に帰ったら、もちろんCPAP持ってね、あんまり静かすぎて、生きてるのかと心配になったっていわれっちゃった」

おしまい