短編集
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自分のノドをテレビに映した夕日放送プロデューサー大林氏(仮名) part1
みみはなこは今日も元気です
次は、わけあって術後のご自分のノドをテレビに映したプロデューサーのお話です。

大林幸雄氏(仮名)は夕日放送のプロデューサーと名乗り名刺を差し出しました。
診療前にこんな名刺を出すなんて、みみはなこには威圧的な感じがしたのですが、どちらかといえばミーハーなみみはなこは、芸能人を想像しながら大林氏を診察椅子に掛けさせたのです。

42歳、小柄で小太り色白。問診表によると、身長は162センチ体重73キロ、いびきと無呼吸に大きく丸印がついています。
「彼女にいびきがうるさいっていわれてやってきましたっ!」
大林氏はなんだか得意げに言います。
(へ?彼女?)
この年でそんな切り口でものを言う人は少ないです。
「前の妻にも前の前の妻にも言われてたんですけどね」
(はあ。さすが芸能人!に近い人!)
「では、ほんとにどの程度のいびきか調べてみましょう。無呼吸、つまりですね、眠っている間に息が止まってるって言われることありませんか?」

大林氏はおちょぼ口、舌が肉厚でノドチンコは垂れ下がっています。扁桃腺も大中小の中の大きさ。とにかく正面からのどの奥の突き当りまでよく見えません。狭いのです。

検査はいつものように行うつもりです。
あの「嫁入り道具」を使って。
そのころ、これが毎日活躍していたのです。

つづく
自分のノドをテレビに映した夕日放送プロデューサー大林氏(仮名) part2
みみはなこは今日も元気です。
さて、夕日放送のプロデューサー大林氏の検査を、あの嫁入り道具を使ってすることにした、みみはなこですが、当時ちょっと考えたことが・・・・・・
 
みみはなこの頭には病床稼働率ということはが浮かびました。この病院は220床、耳鼻咽喉科に与えられたベッドは不定数で、たいした数の入院患者がいつもいるわけではないので、入院があるときは都度3階か4階の病棟に振り分けられるのです。毎月の部長会議では各科の売り上げ一覧表が公表され理事長のおことばを聞かなければなりません。みみはなこは、部長職ではないのですが、科の代表ということでこの部長会議に出席しなければならなかったのです。
会議ではいつも肩身の狭い思いをしました。いつも最下位なのです。
しかし、科の性格上仕方がありません。なにしろ診療報酬の点数が低い。そしてこの病院の耳鼻咽喉科はみみはなこただひとり。(だから科の代表なのです。)
心のうちでは、そんなこといったって病気になれって触れまわれるわけでもあるまい!と開き直ってはいますが、みみはなこは実は生真面目でプレッシャーをまともに受けとめるのでした。だからこそ、そんな遠い病院いやですとは言えず、遥かかなたのこの病院にやってきたのでありました。
大林幸雄氏の検査は、睡眠中に器機を装着して行うものだから、入院させることもできたのです。そのほうが病院にとってはよいのです。
しかし、結果は同じ、結局、少々重いが嫁入り道具を貸し出して検査を行うことにしました。

無呼吸指数49、これは立派な無呼吸症です。
O医大で見てきた薬物睡眠検査を、みみなはこは自己アレンジしてやっていたが、大林のいびきはノドチンコ(口蓋垂)のと扁桃腺のあたりで振動して起きていました。

つづく
自分のノドをテレビに映した夕日放送プロデューサー大林氏(仮名) part3
みみはなこは今日も元気です
なぜ夕日放送のプロデューサーが、みみはなこの病院にやって来たのか?
当時、インターネットも整備されておらず、病院にHPなどなく、となれば、どんなルートだったのかが、思い出せないでいたら、アメックス!のグレードが上のカードの人向けに電話で医療機関を紹介してくれるというサービスがあったそう、それで来られた方が数名いたことを思い出しました。大林氏もそのルートだったような・・・

みみはなこは大林に結果と治療方法を説明しました。
「治療の方法は4つあります。ひとつはダイエット。二つ目は手術。そして、CPAPという呼吸器とマウスピースです。」
この言葉を、みみはなこは指を折り数えながら、毎日すらすらと経を読むように口にしていました。そして、今も。

大林氏はさすがにマスコミ関係の人、理詰めであります。
すぐに説明を飲み込み、自分のライフスタイルにあった治療は手術をしてダイエットに努めることだと即決しました。
手術は手順どおり行われました。
大林は予想通り術後痛がり、予想外なことに看病に来たのは20歳ぐらいの女の子でした。なんと痛い痛いとわめく大林氏の頭をなでなでしてるではありませんか!

(え?これが今の彼女?)

退院のとき、この彼女の写真入のテレホンカード(当時はポピュラーなものだった)を耳鼻咽喉科の受付に何枚も置いて帰りました。「今パーソナリティーとして売り出し中なんです」
といいながら。

つづく
自分のノドをテレビに映した夕日放送プロデューサー大林氏(仮名) 最終章
みみはなこは今日も元気です
このごろ世間を騒がせている物騒な事件が多くていやですね。特に人の生き死ににかかわるような事件事故は悲しいです。
さて、手術を受けた大林氏(仮名)のその後はいかに?
物語はいよいよ最終章です。

数年後、みみはなこは病院を退職し開業しました。
そこに大林氏がひょっこりやってきたのです。
「関東でしか放映されなかったんですけど、僕、自分の番組で先生に手術してもらったこのノドをテレビに映したんですよ」
「ええっ!なぜですか?」
「四井生命でね、、生命保険に入ろうと思ってね、正直に睡眠時無呼吸で治療したと告知したら、保険料があがるっていうんですよ。おかしいと思いませんか?治療してリスクが減ったのだから、逆に保険料下げるべきだって主張したのですが、規則だといって聞き入れられない。だから、番組の時間割いて、自分の術後のノドを公開しました!四井は見直しますって、今検討中だって」
みみはなこは収集していた術後のノドのアルバムから大林のページを探し出し、改めて眺めました。フムフム。会心の作じゃ。
ところで大林さん今日はどうしてうちまで?
「実は、先週から2万ヘルツの音が聞き取れなくなりまして・・」
2万ヘルツゥー?そんな音40歳過ぎて聞き取れるの?そんな音が急に聞こえなくなるなんて、ふつうは自覚できないです。
こんなこといってくるなんてやはりプロデューサー大林氏、タダモノではない。
待合室の端でミニスカートをはいた20歳代の女の子が待っています。
んんん?テレホンカードの子とは違うな。

「せんせー。さっきの方、お連れの人のCDだって、コレおいて帰りました!」

おしまい