短編集
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救急隊員 梶氏と火野氏 part1
みみはなこは今日も元気です

救急車って乗ったことありますか?
それは不幸にも呼ばざるを得ないほどの急病にかかってしまったことがありますか?って質問です。
その昔みみはなこは大学病院の救急科にいたころ(ドクターズカーっていうのはまだなかったのですが)ある程度落ち着いた患者さんを他院に搬送するときに同行して救急車に何度か乗ったことがあります。
そのとき出会った救急隊員の人たち、豪傑で楽しい人たちでしたよ。

患者さんに消防および救急隊の方が数名いらっしゃいます。

仮眠用のベッドでまだ朦朧としていた、梶大作は、サイレンの音が耳に響いて跳び起きました。
ん?
誰も起きる気配などない。
またか。
こいつのイビキで出動と間違えて何度跳び起きたことか!
通路を隔てた隣りのベッドで、火野正太郎が大イビキで寝ています。
いつ本当の出動要請があるかもわからないため、隊員たちの眠りは浅い・・・はず。
それにしてもこいつはなんだ!大イビキかいてグーグー寝やがって!
チッ!
と小さく舌うちしたとたん、火野は薄眼を開けてこっちを見たかと思ったら、グアオーーと大きな音を鳴らしてまた寝てしまいました。
今日は珍しく朝まで何事もなかったと思われる時刻、出動要請を受けた交換係が隊員に連絡してきました。
平和町1丁目のシロハトマンション3階からの119番で、子どもが耳が痛いと泣いていると。
いくら経験上そんなもんは中耳炎だから緊急性がない、なんて言いたくても、要請に応じる義務が一応ある。9時になったらどこか近所の耳鼻科に行きなさい。と強く言いたいが、そんなことすると苦情がでる。
えー今8時10分ですから冷やすなり何なりして9時前になったらお近くの耳鼻科に行かれたらどうでしょうか?
と、交換係は努力はしました。
しかし、電話のむこうから、泣き声と叫び声が。
そんなことしている間に手遅れになったらどうしてくれるんですか?責任とってくれますのん?
と、すごまれて、朝の申し送りをしている最中に出動となったわけです。
しかしこの中途半端な時間。
開けてる町の耳鼻科はありません。総合病院も、朝の受付時間が始まり、今からでは順番待ちのハメになります。

みみはなこは8時15分に玄関シャッターをあげているところでした。
シャッターの音でかき消されかけた電話の音に気が付き、大慌てで出ました。

つづく
救急隊員 梶氏と火野氏 part2
みみはなこは今日も元気です
救急車って帰りは乗せてもらえないの知ってました?
救急科にいたころ、救急車をタクシーのように使って来る人々がおりました。しかも、日付が変わらないぐらいの時間に。なぜかというと、診療時間中は医院は混んでる、ここならすぐみてもらえると思ったとか・・・
そんなことはこっちもお見通しで明らかに緊急性がなく常習の方には、お待ちいただいておりました。
そんな方々は、靴をはかずに担架に乗るなんてミスはいたしません。
さて、つづき
はいっ?救急車?今からですか?えっ、すごそこ?
5歳の子供さん?耳が痛い?
わっかりました。

耳が痛い・・・真夜中なら119番もわからなくもないですが、この時刻に・・・
と、思う間もなく、玄関に救急隊員さんが2名立っていました。
子供を抱いて。
ここにサインをお願いします。

と、いつもの救急隊のお決まりの書類にサインして、
救急隊員さんのひとりに、はいお疲れさまでした。といいながら、
スタッフもまだ来ていない診察室に、子供とおかあさんに入ってもらいます。
さっき救急隊員さんに抱きかかえられていた子供は、痛いそぶりもなくけろっとして、ちゃんと自分の足で立っています。
救急隊員さんのもうひとりが、受付近くでなんだかもぞもぞ・・・?

さあ、どちらのお耳が痛かったの?

みみはなこがたずねると、おかあさんは、えーっと右だったよね?

すると子どものほうは
もういたくないもーん。
鼓膜をみると、たしかに赤い。
中耳炎に間違いないのですが、だいたい1.2時間すれば、痛みがおさまっていることが多いのです。
救急車を呼ぶほどではないかと思われました。
救急隊員さんが、もぞもぞしている間に耳は診おわり、
待合室から、もぞもぞしていないほうの隊員さんの元気な声が聞こえました。
ほんじゃあ失礼しまあす。
すると、あたしの隣につったっていたおかあさんが叫びました。
ちょっと待って!帰りは乗せてくれないのっ!

つづく
救急隊員 梶氏と火野氏 part3
みみはなこは今日も元気です
今、織田くんの靴ひもが切れた!!
それにもめげずに続きを滑った!
あたし、涙があふれてきました。

さて
みみはなこの診察室では・・・・

診察室に入ってこられた患者さんは陽気な感じのするかたでした。

ん?
どこかで見たことがあるなあ。
みみはなこは初めての患者さんを見て、思いました。
火野正太郎さん、31歳。
名前に聞き覚えはありません。

問診票には、イビキがうるさいと当直で苦情がでる、と書かれています。

ふーん、当直のあるお仕事か。

どうぞ。おかけください。

ハイッ!失礼しまあす。

と、いった瞬間、あ、この声・・
思い出しました。
あのとき待合室から、ほんじゃ失礼しまあすって叫んでいた救急隊員さん!?

手にはしわくちゃになった、みみはなこ特製イビキと睡眠時無呼吸のパンフレットが!

つづく
救急隊員 梶氏と火野氏 part4
みみはなこは今日も元気です
オリンピック
受験
みんなその日のためにひたすら練習し勉強してきたのだけれど、
思わぬミスをしてしまったり、
他の者が自分を上回っていたりして、
競争に負けてしまうことがあります。
みみはなこは、
いつも元気だとか、(そのとおり!)
ノウテンキだとか、
出たきりすずめだとか、言われはしても、我が身と我が息子たちの受験を人知れずてんこ盛りなるエピソードを盛り込んで経験して、苦労や努力を重ねる若者たちを応援したい気持ちでほんとにいっぱい。
まあ、あたしたちの受験記は本にしたいぐらいですから、聞きたかったら、うちに来てください(笑)
どの子もがんばれ!!試験に間に合うように治してくれ!なんて言われると、ここぞとばかり力が入るこのごろです。

さて、
救急隊員の梶大作は帰りも乗せて行きなさいよ!と高圧的な母親を振り切って、帰りの救急車の助手席におりました。
火野正太郎のイビキで、仮眠は取れず、朝からけったいな母親に叫ばれて不機嫌な梶でしたが、手にはさっきの医院にあったご自由にお取りくださいパンフレットが、握られていました。
横で火野は運転しながら、大アクビ。
大イビキかいて寝てたおまえがアクビするんじゃあないよ!
はい、これっ!読んどけ!
火野は、
???

つづく
救急隊員 梶氏と火野氏 part5
みみはなこは今日も元気です
よいお天気の日曜日。
朝から墓参り。
そしてスーパーに買い物。
見たことのない野菜発見。
蕾菜(つぼみな)1パック198円。
サラダ 炒め物 天ぷらに、と書いてあります。要するになんでもいいんや。

それで
今日のおかず。
蕾菜の天ぷら、天ぷらついでに冷蔵庫のお下がりのスルメも揚げて。
蕾菜の半分はゆがいて、明太子マヨネーズ作ったものをかけてオーブンへ。
つるむらさきとなめこのネバネバどおしの和え物。
リンゴとセロリのサラダ。
見たことのない蕾菜とは、「アブラナ科の種類のわき芽のつぼみの部分」だそうで、福岡産の新野菜とか。
ふきのとうより芯の部分が大きくしゃきっとしていて、クセのない野菜でした。うどに葉っぱをつけたようなもんですかね。

腹ごしらえをして、ダーウィンが来た を見ながら今日のブログです。
火野氏は・・・・

はい。これっ。って相棒に渡されたもんで・・へへへ。

あ、あのときもぞもぞしていた方の救急隊員さんが、それを持って帰ったのですね。
遅れましたが、先日はお世話になりました。
で、ご自身ではなにか症状がありますか?

はあ?

たとえば、昼間眠いとか、運転中あくびばかりとか。

あっ!これを渡されたのも、搬送の帰り、大あくびをした後でした、ハハハ。
相棒は、ぼくと同期なんですけど、えらそうなんです、いつも。
イビキがやかましいだの、あくびするなだの、搬送中は明るく元気すぎる態度はやめろだの・・・

はい。そのとおり。
とみみはなこも心で思いました。
明るくて元気なのはいいですけどね。瀕死の人を運ぶ時はあんまりにこやかなのもどうかなと。

相棒の悪口を言いながらも、やってきた以上は、検査を受ける気満々の火野氏でした。

つづく
救急隊員 梶氏と火野氏 part6
みみはなこは今日も元気です
いまさら手に職をというのは難しいですが、
○十の手習いと申します。
タッティングレースというのがあまりにも美しくしかもレース糸とシャトルという小さな糸巻のようなものでできると書いてあったので、教本と糸とシャトルとを通販で取り寄せました。
しかし、手習いどごろか、最初のひと目も編めない・・・・
趣味の編み物にもなりません。
やはり、この手の細かい作業は自己流ではむり。   あたしには・・・・
手習いには師匠が必要でしょう。

火野さん、救急車っていまや酸素飽和度測れますよね⁈
ハイ、もちろん。
もし倒れて意識ない人が、70パーセントの酸素飽和度だったらどうですか?
そんなのヤバイですよ。ほっといたら到着までもつかどうか。
酸素吸入か、挿管か。
そうですよね。
火野さんの睡眠中の酸素飽和度ね、最低で65パーセントまで落ち込んでるんです。
えーっ!!
死んじゃうじゃないですか!
それがずっとなら危ないです。ハイ。息が止まって酸素飽和度がストンと下がる、
そしてすぐにガオーっとイビキで息吹き返したら
100パーセント近くまでもどる、その繰り返しです。
みみはなこは火野さんにグラフを見せながら説明しました。
さっきまで元気だった火野さんの声が、小さくなって、
ヤバイよ、これは。とつぶやいています。
火野さんはプロだから酸素飽和度が下がることの重大さをよくわかっているのです。
普段同じような説明をしても、皆さんケロッとしてふーんそうですか、ってだけなのですが。
こ、こんな人ほかにもいるんですかあ?
もちろんいらっしゃいます。と、もうしますか、この検査する人のほとんどが多かれ少なかれ酸素飽和度が低下しています。
ほっ。
そうかあ!みーんなそうなんだ!
火野さんは陽気なお方です。
いやいや、火野さん、救急搬送の方みーんなそうじゃないでっしょ?!
これはちょっとほっとけませんよ。

つづく
救急隊員 梶氏と火野氏 最終章
みみはなこは今日も元気です
中島義道って哲学の先生ですが、実に奇妙奇天烈な本を書いています。
最近「ウィーン家族」という小説を上梓して、今週の書評で取り上げられているのを見ましたが、
先週、この人の「私の嫌いな10の人びと」を読み終えたところでした。
私の嫌いな10の人びと (新潮文庫)/中島 義道
¥420
Amazon.co.jp
本のタイトルも章題も奇天烈ですが、もっとも!とかよくぞ言ってくれた!とか思うことがいっぱい。

その第5章 自分の仕事に誇りをもっている人 で、「哲学研究とか文学研究とか第二外国語を教えるというくだらない仕事ではなく、掛け値なしに有益な仕事も、この世にはゴマンとある。」
といっています。
そこで彼は哲学や文学は研究に値しないと彼は言ってるのではなく、そのポストについてものうのうとしている研究者もどきを批判しているのですが、胸のすく思いで痛快です。
そして、その掛け値なしに有益な仕事の一つが、救命救急士や消防士、配管工や電気工や灯台守・・・なのです。その通り!と思います。

掛け値なしに有益な仕事の救急隊員の火野氏は・・・

さすが救急隊員。自分の睡眠中の酸素飽和度がえらいことになっていると知ると、その日から、CPAPを使い始めました。もちろん当直にも持参して。

梶大作は、次の当直、またこいつといっしょかあと勤務表をながめてため息をついていました。
ん?しかもなんだか見たこともない箱とホースが仮眠ベッドにおいてある・・・

そして1週間後。
火野氏はいつもに増して上機嫌です。

センセ、こればっちりですよ!!
オレ、あの相棒の梶がいつもえらそうなんて言ったこと撤回しますよ。
あいつオレのためを思ってこのパンフレットわたしてくれたんだよな。
一昨日の当直でこのCPAPをなでまわすんですよ、あいつ、「おまえはすごい!」って。
いまやコンビワークばっちりの梶氏と火野氏でした。

おしまい